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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)86号 判決

原告

ダイト工業株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

被告

大同鋼板株式会社

代表者代表取締役

【D】

訴訟代理人弁理士

【E】

【F】

主文

特許庁が平成10年審判第35102号事件について平成11年1月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判主文第1項同旨の判決。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「断熱パネルの製造方法」とする特許第2128653号の発明(昭和64年1月7日出願、平成6年1月26日出願公告、平成9年4月25日設定登録。本件発明)の特許権者である。原告は平成10年3月11日に被告を被請求人として、特許庁に対し、本件発明について無効審判の請求をしたのに対し(平成10年審判第35102号)、被告は本件発明について平成10年7月6日に訂正請求(本件訂正請求)をし、平成11年1月21日に、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成11年2月24日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

(1)  本件訂正前の特許請求の範囲の記載

(1) 上下で相対向する一対の金属板間に発泡性樹脂材料を注入して金属板を加熱させて発泡性樹脂材料を発泡させることにより金属板間に発泡樹脂層を充填させて断熱板材を形成し、この断熱板材を所定寸法に切断する断熱パネルの製造方法において、上下の金属板の材質を異ならせると共に上下の金属板の加熱温度を異ならせることを特徴とする断熱パネルの製造方法

(2)  上下の金属板の加熱温度差を20℃以下にすることを特徴とする請求項1記載の断熱パネルの製造方法。

(2)  本件訂正による特許請求の範囲の記載

(1) 上下で相対向する一対の金属板間に発泡性樹脂材料を注入して金属板を加熱させて発泡性樹脂材料を発泡させることにより金属板間に発泡樹脂層を充填させて断熱板材を形成し、この断熱板材を所定寸法に切断する断熱パネルの製造方法において、上下の金属板の材質を異ならせると共に上下の金属板の加熱温度を異ならせ、かつ上下の金属板の加熱温度差を20℃以下にすることを特徴とする断熱パネルの製造方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本件訂正の内容

本件訂正は、(i)前項のとおり特許請求の範囲を訂正し、(ii)願書に添付した明細書3頁19行の「加熱温度を異ならせ」の次に、「、かつ上下の金属板1,2の加熱温度差を20℃以下とす」を挿入し、9頁11行の「ものである。」の次に、「また上下の金属板の加熱温度差を20℃以下にするため、発泡性樹脂材料の発泡に悪影響が及びパネルの物性が低下することを防ぐことができるものである。」を挿入する訂正をするものである。

(2)  訂正請求に対してした審判における請求人(原告)の主張の概要

特許請求の範囲の訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的としたものであるが、訂正後の発明も依然として審判甲第1~第5号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、本件特許は取り消されるべきである。

(3)  訂正の適否についての審決の緒論

訂正事項(i)は、加熱温度を20℃以下にするという技術的限定を付加するものであるから特許請求の範囲の減縮に相当し、かつ願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

また、訂正事項(ii)は、特許請求の範囲の訂正に伴って、発明の詳細な説明の記載を整合させたものであるから、明瞭でない記載の釈明に相当し、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもなく、かつこの訂正は、願書添付明細書に記載された事項の範囲内のものである。

そこで以下、訂正後の請求項1に係る発明(訂正後の本件発明)が、独立して特許を受けることができるものであるかどうか検討する。

(4)  訂正後の本件発明

訂正後の本件発明は、その特許請求の範囲に記載されたとおりの

「上下で相対向する一対の金属板間に発泡性樹脂材料を注入して金属板を加熱させて発泡性樹脂材料を発泡させることにより金属板間に発泡樹脂層を充填させて断熱板材を形成し、この断熱板材を所定寸法に切断する断熱パネルの製造方法において、上下の金属板の材質を異ならせると共に上下の金属板の加熱温度を異ならせ、かつ上下の金属板の加熱温度差を20℃以下にすることを特徴とする断熱パネルの製造方法」

にあるものと認められる。

(5)  審判甲各号証の記載内容

これに対して、原告が証拠方法として提出した審判甲第1号証("JOURNAL OFCELLULER PLASTICS" ,January,1965 p.101-120)、審判甲第2号証(特公昭59-60号公報)、審判甲第3号証(特開昭62-63751号公報)、審判甲第4号証(特開昭61-193850号公報)及び審判甲第5号証(ドイツ新聞 プラスチック・ゴム新聞1988.7.7,第371号)には、以下のとおりの事項が記載されている。

◇ 審判甲第1号証(同号証の摘示事項は異議申立人(原告)の訳文からのものである。)

ア. 「新規方法の基本は図20に図示されている。フォームミックス(配合物)は横送りミキシングヘッドにより下部面材の領域にわたって均一に分布され、移動する下部面材を横切って“扇状”のスプレーパターンを与える。施行されたフォームが膨張しゲル化したときであるがその表面が未だ“粘着性”である間に、適当な隙間をおいてセットされた上部コンベアの下をフォームは通過し、そのように形成したニップの所で上部面材が施される。ラミネートは次いで2つのコンベア間の一定のギャップの間を通過し、その間に加熱によりキュアが促進される。(コンベアから)出現時、ラミネートは適当な部分に切断し・・・面材はたとえば紙、金属フオイル、織物、屋根材フェルト、プラスチックの巻きロールから適用されるのが最も好都合である。しかしながら石膏ボードやアスベストセメントシートのような剛性材もまた下部面材として使用できる。同様に若干可撓性を有する半剛性材料例えばハードボード、厚手のプラスチックや金属シート、合板、樹脂積層ガラス繊維も上部又は下部面材のいずれかとして使用できる。・・・ラミネート表面は同じ材料から或いは望ましければ異なる組成からなっていてもよい。」(訳文1頁18行~下より5行)

イ. 「ベルト温度は面材の種々の厚みと種類を考慮に入れて変えることができる。この設備は、フォームと面材間の優れた結合力を達成し、特に相異なる材料をラミネートの対向面に使用するとき平坦なパネルを得る上で特に価値がある。」(訳文4頁16~18行)

ウ. 「関連プラテン温度を変える能力は異なる面材を使用するときに起こるかもしれないパネルの“弓なり化”に和らげることも可能にする、即ち温度差は膨張係数の差を相殺するのに使用できる。」(訳文6頁27~29行)

◇ 審判甲第2号証

エ. 「帯状金属板と裏材との間で発泡充填素材を発泡させ、次に上記発泡充填素材が発泡して形成された発泡充填材が介在して一体化された両側にスペーサーを有する帯状金属板と裏材とを切断する」(2欄12~16行)

オ. 「帯状金属板は例えばカラー鉄板、トタン板、銅板、ステンレス板、アルミニウム板の如き金属板をコイル巻きしたものを巻解いて使用する。」(2欄24~27行)

カ. 「裏材6は、Kライナー紙、クラフト紙、硫酸紙の如き紙あるいは布、不織布又はポリエチレン、塩化ビニール、ポリプロピレンの如きプラスチックシートやフィルム又はアルミニウム、銅、鋼の如き金属の薄板等の単体又はこれらの一又は二以上の貼合物」(3欄22~27行)

キ. 「帯状金属板1と裏材6との間に供給した発泡充填素材5を発泡させるには、コンベヤー部分全体を加熱してもよいが、帯状金属板1と裏材6に直接触れるベルトF,GをヒーターJで加熱すると効率のよい発泡を行なうことができる。」(4欄10行~15行)

◇ 審判甲第3号証

ク. 「上下一対の長尺の金属板7,8を連続的に供給しつつ下側の金属板8に下方へ突出する突脈1を成形し、次いで両金属板7,8を連続的に送りつつこの下側の突脈1を形成した金属板8と上側の平坦な金属板7との間にプラスチック発泡材料を注入して発泡充填させ、こののちこの金属板7,8間に発泡プラスチック4が充填されて形成される長尺サンドイッチ体9を連続的に送りつつ上側の平坦な金属板7の上面に長尺の吸音シート6を接着剤によって貼り付け、さらにこの吸音シート6の貼り付けられた長尺サンドイッチ体9を所定寸法で切断する」(2頁左下欄1行~13行)

ケ. 「金属板7,8としては、着色亜鉛鉄板、ガラス繊維入り着色亜鉛鉄板、ポリ塩化ビニル鋼板、アクリルフィルム積層鋼板、ガラス繊維入りフッ素樹脂塗装鋼板、アルミニウム・亜鉛合金メッキ鋼板、ステンレス鋼板、着色カラーアルミニウム板、チタン板など任意のものを用いることができる。これらの中でも金属板8は屋外側に面するように施工されることになるので、耐食性や耐候性に優れたアクリルフィルム積層鋼板、ガラス繊維入り着色亜鉛鉄板、ガラス繊維入りフッ素樹脂塗装鋼板、アルミニウム・亜鉛合金めっき鋼板を用いるようにし、また室内側に面することになる金属板7には着色亜鉛鉄板などを用いるようにするのがよい。」(2頁右下欄8行~3頁左上欄1行)

◇ 審判甲第4号証

コ. 「実施例1本例では第3図に示す装置を使い、板厚0.24mm、板幅864mmのアルミニウム板コイルをペイオフリール13に、板厚1.2mm、板幅914mmの鋼板コイルをペイオフリール11にセットして複合金属板を製造した。

金属板はいずれも公知の脱脂、クロメート処理を施したものであった。加熱ロール10を100℃、加熱ロール7を120℃で、加熱ロール5を215℃で、加熱ロール9を150℃に設定し、合成樹脂シート3としては、変性ポリプロピレン樹脂フィルム(厚さ0.6mm、幅860mm)を用いた。・・・製品には板幅反り、しわ等は無く」(6頁右上欄11行~左下欄6行)

◇ 審判甲第5号証(下記摘示事項は訳文からのものである)

サ. 「この設備はPUR/PIR断熱コアを有するサンドイッチ要素の連続製造に資するものである。

その課題提起は大きな製品パレット、例えば

-工業用倉庫や冷凍庫の建物用屋根材および壁材

-形材ドアおよび色々な金属表面層の場合の、それに伴う色々なパネル幅350-1200mm,パネル長さ2-20mmおよびパネル厚み22-150mmの製造のためのパネル、を2000年迄の目標に向けて、汎用性設備によってできるだけ経済的に製造することができることである。・・・下部のみならず上部のダブルコンベアベルト・・・PUR又はPIRをベースにした・・・発泡体システムを加工することができるためにかつまた将来の製品にできるだけ他の加工要件を具備させるためにも、特にダブルコンベアベルトの適度の温度調節に、より大きな価値がおかれて、次のことが実行された:

-上部ベルトと下部ベルトには別々の加熱サイクルと冷却サイクルにより切り離した加熱と冷却、

-上部ベルトと下部ベルトを種々の温度に、但し最高15℃の温度差で できること、

-全ベルト長とベルト幅にわたり+3℃の温度精度のための調節装置、

-最高100℃のベルト温度」(訳文1頁7行~2頁下より4行)

(6)  審決のした対比・判断

訂正後の本件発明と審判甲第1~第5号証に記載されたものとを対比すると、審判甲各号証のいずれにも、訂正後の本件発明の構成要件である「上下の金属板の加熱温度を異ならせ、かつ上下の金属板の加熱温度差を20℃以下とする」こと(以下「構成a」という。)は記載も示唆もされていない。

すなわち、審判甲第1号証には、「面材は、金属フォイルの巻きロールから適用されるのが最も好ましい」「金属シートは上部又は下部面材のいずれかとして使用できる」、「ラミネートは同じ材料から或いは望ましければ異なる組成からなっていてもよい。」と記載され(上記ア、イ及びウ参照)、異なる材料を組み合わせること、特に金属シートについては上部又は下部面材のいずれかとして使用できるとの記載があることから、金属シートに金属以外の材料を組み合わせることは示唆されているといえるものの、金属の材質の異なるもの同士の組合せについては記載も示唆もされていず、ましてやその異種の金属の膨張係数の差がパネルの弓なり化を起こすかどうかについては予測の術もないから、同号証に上記構成aについての示唆があるということはできない。

また、審判甲第2号証には、種々の金属板からなる帯状金属板と種々の金属の薄板からなる裏材との間で発泡充填材をヒーターで加熱して発泡させるパネルの製造方法が記載されているものの(上記エ~キ参照)、これらの帯状金属板と薄板の材質の列記は、異なる金属の組合せもあり得ることを示唆するにとどまるものであり、同号証にはパネルが弓なり化することについても、発泡充填材の発泡時の加熱温度についても記載されていない。

さらに、審判甲第3号証には異なる金属板を組み合わせた断熱パネルが記載されているが(上記ク、ケ参照)、同号証にもパネルが弓なり化することについても、発泡充填材の発泡時の加熱温度についても記載されていない。

してみると、審判甲第2及び3号証を参照しても、異なる材質の金属板からなるパネルが、金属板同士の膨張係数の差によってパネルの弓なり化を起こすことを防止すべき課題は見いだせず、また金属板の加熱温度に差をつけることの記載もなく、これらの各号証記載のパネルを、上記審判甲第1号証記載の温度差のある加熱手段に適用すべき技術的動機を見いだすことはできない。

また、審判甲第4号証には、異なる材質の金属板を合成樹脂シートを介して、該シートの融着により接着するもので、該金属板の加熱温度が上下の金属板で合成樹脂の融解を考慮して異ならせることは記載されているが(上記コ参照)、同号証記載の物は金属板の間に形成する層が訂正後の本件発明の発泡樹脂層と異なり、その加熱の目的も合成樹脂を融解させるものであるから、同号証は上記構成aを示唆するものでない。

また、審判甲第5号証は発泡体を有する断熱材の製造に際して使用しうる、上部ベルトと下部ベルトの加熱温度差が最高15℃にできる装置について記載されているだけで(上記サ参照)、上記構成aについては記載も示唆もされていない。

そして、訂正後の本件発明は構成aをその構成の一部に具備することによって、審判甲第1~第5号証から予測できない明細書記載の顕著な効果を奏したものである。

したがって、審判甲第1~第5号証記載の発明に基づいて訂正後の本件発明を容易に想到し得たということはできない。

(7)  訂正の適否についての審決のむすび

上記のとおりであるから、本件訂正請求は、特許法等の一部を改正する平成6年法律第116号によりなお従前の例によるとされる特許法134条2項、同条5項で準用する特許法126条2~4項の規定に適合するので、本件訂正を認める。

(8)  訂正後の本件発明に関する原告の主張の概要

原告は証拠方法として、上記審判甲第1~第5号証を提出し、訂正後の本件発明はこれらに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、本件特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものであると主張した。

(9)  訂正後の本件発明の無効審判請求についてした審決の判断本件発明は、訂正請求書に添付された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の記載されたとおりのものと認める。

そして、訂正後の特許発明は前記(4)~(7)のとおりの理由で、審判甲第1~第5号証記載の発明に基づいて容易に発明することができたものとすることはできない。

(10)  審決の結論

以上のとおりであるから、原告の主張する理由及び提示する証拠方法によっては本件特許を無効とすることはできない。

第3原告主張の審決取消事由

1  審決は、審判甲各号証のいずれにも、訂正後の本件発明の構成aは記載も示唆もされていないとした上で、審判甲第1~第5号証記載の発明に基づいて訂正後の本件発明を容易に想到し得たということはできないと判断したが、以下のとおり、構成aは審判甲第1~第5号証から示唆されるものである。

2  審判甲第1号証には、断熱材パネルの製造方法が記載され、上下の面材の加熱温度を異ならせることが記載されている。また、審判甲第2,第3及び第4号証には、パネルにおける上下の面材を金属板にすることが記載されているから、この金属板を審判甲第1号証記載の上下の面材に単に置き換える程度のことは当業者ならば当然容易に想到し得るものである。さらに、審判甲第5号証には、そこに記載の発明が色々な金属表面層の断熱パネルの製造に適用でき、その場合、最高15℃の温度差でダブルコンベアベルトの上部ベルトと下部ベルトを加熱することが記載されているから、審判甲第1号証記載の製造方法において、最高15℃の温度差で加熱温度を異ならせる程度のことは当業者ならば当然容易に想到し得るものである。

したがって、構成aは、審判甲第1~第5号証記載の発明に基づいて容易に想到できるもので、これら審判甲号証から示唆されるものである。

3  線膨張率(熱膨張係数)の異なる二種の金属板から成るものが、温度の変化によって湾曲することは周知の現象である。また、本件出願当時、当業者において、異質材質の金属板を表裏の面材として用いるパネルが、これら金属板の線膨張率(熱膨張係数)の差によって弓なり化の生ずることが周知になっていた(「特開昭48-104318号公報」(甲第13号証の1)、「実願昭55-147010号(実開昭57-71611号)のマイクロフィルム」(甲第13号証の2)、「実願昭55-147011号(実開昭57-71610号)のマイクロフィルム」(甲第14号証)及び「実願昭58-66892号(実開昭59-171931号)のマイクロフィルム」(甲第15号証))。したがって、審判甲第2,第3号証記載の異種材質の金属板を用いたパネルが熱により弓なり化を生じることは、当業者にとって予測し得たものである。

4  一方、審判甲第1号証には、パネルの弓なり化を防止するために、異なる面材の線膨張率(熱膨張係数)の差を温度差によって相殺することが記載されているので、弓なり化を生じることが予測できる審判甲第2,第3号証記載のパネルを、審判甲第1号証記載の発明に適用して、パネルの弓なり化を防止しようとすることは、当業者にとって容易に想到できるものである。

加熱温度差を20℃以下にすることも、発泡性材料の発泡と異種材質の金属板の線膨張率(熱膨張係数)を考慮して決めればよいことであり、当業者が通常行う単に設計的な事項にすぎず、しかも、審判甲第5号証には、最高15℃の温度差でダブルコンベアベルトの上部ベルトと下部ベルトを加熱することを、色々な金属表面層のパネルの製造に適用できる旨記載されているから、20℃以下の加熱温度差にする程度のことも、当業者ならば当然容易に想到できるものである。

第4審決取消事由に対する被告の反論

1  原告は、審判甲第2,第3及び第4号証記載の上下面材の金属板を審判甲第1号証記載の上下の面材に単に置き換える程度のことは当業者ならば当然容易に想到できるものである旨主張するが、失当である。

特に、審判甲第4号証記載の発明については、金属板間に合成樹脂シートを介在させた複合材料の製造方法に関するものであり、また加熱の目的は合成樹脂を熱融着するものであって、熱融着工程において金属板間の温度差が大きくなることを防止して板幅反りを防止しようとしたものであり(審判甲第4号証3頁右上欄7~9行)、審判甲第4号証には、加熱温度差をつけて加熱すれば板幅反りのないことが記載されているのではない。

2  原告は、審判甲第2,第3号証記載の異種材質の金属板を用いたパネルが熱により弓なり化を生じることは当業者に予測できるものであることの根拠として、甲第11、第13の1、2、第14及び第15号証を提出する。

しかしながら、甲第11号証に記載されているバイメタルは異種材質の金属板を直接接合した構造であるため、該号証を参酌しても、審判甲第2,3号証記載のパネルが熱により弓なり化を生じることを当業者は予測できない。

また、甲第13の1、2、第14及び第15号証記載のものは、いずれも施工状態の建築板等において、表面の面材が加熱された際の熱膨張差による弓なり化の発生を防止しようとするものである。それに対して、訂正後の本件発明は、断熱パネルの製造工程における発泡樹脂材料の加熱発泡工程において発泡樹脂材料が発泡すると共に金属板が膨脹し、更に発泡後、金属板が冷却されて収縮した場合に発生する弓なり化を防止しようとするものであり、訂正後の本件発明において防止しようとしている弓なり化と、甲第13の1、2、第14及び第15号証記載のものにて防止しようとしている弓なり化とは、発生する時期も発生する原因も異なる。そのため、これら甲号証記載の事項は、訂正後の本件発明の進歩性を判断する上での周知技術としては到底採用することはできず、また、たとえ周知技術として採用されるとしても、訂正後の本件発明の進歩性は否定されるものではない。

3  原告は、加熱温度差を20℃以下にすることも当業者が通常行う単に設計的な事項にすぎず、更に、審判甲第5号証の記載から、20℃以下の加熱温度差にする程度のことも、当業者ならば当然容易に想到できるものである旨主張する。

しかしながら、訂正後の本件発明は、構成aを具備することによって、発泡性樹脂材料の発泡に悪影響が出ること及びパネルの物性が低下することを防止できる、という審判甲第2,第3及び第5号証から予測できない顕著な効果を奏するものであり、単なる設計的な事項にすぎないとする原告の主張は失当である。また、審判甲第5号証には、加熱温度差を最高15℃にできる装置について記載されているだけであり、装置の性能を示しているにすぎず、審判甲第5号証の記載から、訂正後の本件発明の構成の一部である構成aを想到することはできない。

第5当裁判所の判断

1  甲第6号証(審判甲第2号証)によれば、審判甲第2号証には以下の記載があることが認められる。

a. 「この発明の建築用パネルの製造方法は、長尺の帯状金属板を引出して長手方向に移行させながら、・・・上記帯状金属板の移行速度に合せて長尺の裏材を引出して長手方向に移行させ、上記帯状金属板又は裏材のうち下に位置したものの両側近くに紐状あるいは帯状としたスペーサーを順次引出して配置し、上記スペーサーの配置とほぼ同時あるいはスペーサーの配置より後に上記下に位置した帯状金属板又は裏材におけるスペーサーとスペーサーの間に発泡充填素材を供給し、しかる後に裏材又は帯状金属板をスペーサーの上に密接させ、上記帯状金属板と裏材との間で発泡充填素材を発泡させ、次に上記発泡充填素材が発泡して形成された発泡充填材が介在して一体化された両側にスペーサーを有する帯状金属板と裏材とを切断する」(1頁1欄末行~2欄16行)

b. 「帯状金属板は例えばカラー鉄板、トタン板、銅板、ステンレス板、アルミニウム板の如き金属板をコイル巻きしたものを巻解いて使用する。」(1頁2欄24~27行)

c. 「裏材6は、Kライナー紙、クラフト紙、硫酸紙の如き紙あるいは布、不織布又はポリエチレン、塩化ビニール、ポリプロピレンの如きプラスチックシートやフィルム又はアルミニウム、銅、鋼の如き金属の薄板等の単体又はこれらの一又は二以上の貼合物」(2頁3欄22~27行)

d. 「帯状金属板1と裏材6との間に供給した発泡充填素材5を発泡させるには、コンベヤー部分全体を加熱してもよいが、帯状金属板1と裏材6に直接触れるベルトF,GをヒーターJで加熱すると効率のよい発泡を行なうことができる。」(2頁4欄10~15行)

e. 「図面は実施の一例であり、第1図はこの発明方法に使用する装置の概略を示す説明図」(3頁6欄4~5行。別紙審判甲第2号証第1図参照)

2  これらの記載によれば、審判甲第2号証には、「長尺の帯状金属板を引き出して長手方向に移行させながら、該帯状金属板の移行速度に合せて長尺の裏材を引き出して長手方向に移行させ、上記帯状金属板又は裏材のうち下に位置したものの両側近くに紐状あるいは帯状としたスペーサーを引き出して配置し、上記下に位置した帯状金属板又は裏材におけるスペーサーとスペーサーの間に発泡充填素材を供給し、しかる後に裏材又は帯状金属板をスペーサーの上に密接させ、コンベアーで移送しながら上記帯状金属板と裏材との間で発泡充填素材を加熱発泡させた、帯状金属板と裏材とが発泡充填材が介在して一体化したパネルの製造方法において、帯状金属板を、カラー鉄板、トタン板、銅板、ステンレス板、アルミニウム板の如き金属板とし、また、裏材を、アルミニウム、銅、鋼の如き金属の薄板とすること、すなわち、パネルの上下に金属板(上下が異質の材質から成る場合も含む。)を配すること」(方法)が記載されているものと認められる。また、上記d.の記載によれば、審判甲第2号証に示された方法においては、帯状金属板と裏材との間に供給した発泡充填素材を発泡させるために、コンベヤー部分全体を加熱して帯状金属板と裏材を加熱する手段、又は帯状金属板と裏材にそれぞれ直接触れるベルトF及びGをそれぞれに近接したヒーターJで加熱して帯状金属板と裏材を加熱する手段を採用し得るものと認めることができる。

3  そして、これら2つの加熱する手段においては、コンベヤー部分全体を加熱していること、及び同種の加熱装置であることを示唆していることが明らかな各ヒーターJによりそれぞれに近接するベルトF及びGを加熱していることから、審判甲第2号証に示された上記方法は、上下の金属板の加熱温度を同じにすることを意図しているものと認められる。そうであるにしても、後者の各ヒーターJにより加熱する手段を採用した場合には、たとえ同種の加熱装置である各ヒーターJによってベルトF及びGのそれぞれを加熱し、これらベルトを介して上下の金属板のそれぞれを加熱しても、ベルトF及びGそれぞれにおける周りの雰囲気状態の違い、各ヒーターJの運転状態の違い、あるいはコンベヤー部分に至るまでの上下の金属板それぞれの経緯の違いなどの理由から、上下の金属板の加熱温度にある程度の温度差が生じることは避けられず、かつ、その差が20℃以下にとどまるものであることは技術常識に属するものというべきである。

してみると、審判甲第2号証には、その技術的な内容からすれば、本件発明の「上下の金属板の加熱温度を異ならせ、かつ上下の金属板の加熱温度差を20℃以下とする」こと(構成a)が、実質的に記載されているものと認められる。

4  したがって、審決が「本件発明と甲第1~第5号証に記載されたものとを対比すると、甲各号証のいずれにも、本件発明の構成要件である「上下の金属板の加熱温度を異ならせ、かつ上下の金属板の加熱温度差を20℃以下とする」こと(構成a)は記載も示唆もされていない。」としたのは誤りであり、この趣旨の主張を含む原告主張の取消事由は理由がある。

そして、この誤りは、「審判甲第1~第5号証記載の発明に基づいて訂正後の本件発明を容易に想到し得たということはできない。」とした審決の判断に影響を及ぼすものであるから、審決は取消しを免れない。

第6結論

以上のとおりであり、原告の請求は認容されるべきである。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)

〈以下省略〉

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